株式会社ストライブ

代表取締役 望月 学氏

望月さんとの出逢いは2011年東日本大震災の直後、日本中が悲しみと混乱の真っ只中にある時でした。

「苦しい時こそもっと苦境にある人達の所に」とFAR EAST代表の佐々木が埼玉県飯能市で被災地復興支援へ赴く有志を募った際に、その呼びかけに応じて下さったことがきっかけでした。

株式会社ストライブの代表取締役としてエクステリア事業を営む望月さん。FAR EASTのブルワリーレストラン事業という大きな挑戦の局面で、一次産業から六次産業に繋げる地方創生の役割を担うレストランを造るために、建物の建設だけではなく畑の開墾に至るまで、文字通り一から手懸けていただきました。

「奥武蔵の屯田兵」の異名でFAR EAST社員達から親しまれる望月さんは漢気溢れる、まさに人情の人。

望月さんの情熱と惜しみない尽力無くして、CARVAAN BREWERY & RESTAURANTが飯能随一とも謂われる景勝地に建つことは成し得なかったのです。

Q. FAR EASTと仕事をする面白さとは?
A. 立場も考えも違う職人達が大きな目標の前では等しく一致団結出来る熱い現場

FAR EASTとの出逢いは3.11の震災の支援がきっかけ。社長が飯能で有志の支援隊を募っている張り紙を見たんだけど

「やっつけ仕事のような中途半端な気持ちは要らない」

って言っていると聞いて、

「何だそれは!やってやろうじゃないか!」って。

こっちは半分啖呵を切る位の気持ちで本社に乗り込んで行ったら、よし、じゃあ早速だけどいつ出発しようか?なんて調子だったから笑っちゃってね。全然素直なんだよね。そこで意気投合してからの縁かな。

その時は27名、8台に分乗して現地に向かった。当時はまあとにかくガソリンなんか手に入らなくて、長距離を移動する最中でも給油なんて出来ない。

途中で補充するためのガソリンも全部積んで、床屋にラーメン屋にコンビニの店長も一緒に来てさ。道も瓦礫だらけ、燃料も手に入らないんじゃ現地の人達の足になるのは小回りの利く自転車が良いんじゃないか、ってことで、市内中の使われなくなった自転車も全部掻き集めて積んで行ったね。

仕事の休みを縫っては皆で被災地へ行った。生きることだけで皆精いっぱい、常にあんな極限の緊張感の中にあったら嗜好品の一つだって恋しいだろう、って酒に煙草も持って行ったよ。毛布や衛生用品、服なんかはFAR EAST BAZAARのお客様が全部集めて届けてくれた。被災地の人達と交流を少しずつ持つ中で、家に招いて貰ったこともあった。その時に「今貴方達には返せないけど、この御恩は絶対に誰かに返すから」って言われた言葉は今でも忘れられないなあ。

FAR EASTと初めて仕事をすることになったのはCARVAANの建設をする時。そこでワインの葡萄やビールのホップを栽培するということで、まずは耕作放棄地を均して畑にすることから始まった。

元々は一面の茶畑だった土地に残る根っこを全部綺麗に引っこ抜いて、耕して、ホップの蔓を伸ばすための畑の支柱を立てたり、葡萄畑の棚を作ったり、猪除けの電柵を張ったりね。

畑の開墾と同時に進めたのが、CARVAANを建てるための謂わば地盤造り。久しく放置されていた廃墟を取り壊した後に、土地を清める塩を撒くところからやらせて貰ったよ。あの場所に昔建っていたのは「岩清水」と呼ばれるホテルで、その名前の通り土地の性質として堅牢な岩で出来ていて、少し掘ると其処彼処から湧き水が噴き出すような土地でね。大量の雨が降った時に崖が崩れたり、地滑りしたりしないように、地面や建物の下に穴を空けて水を抜く管を通すことで雨水や湧き水を地中に逃がして、外に排出される仕組み作りもしてあるんだ。

一番大変だったのは、道や建物の敷地面積を広げるために何も無い空中に土地を造り出した時。

あの断崖絶壁の崖下まで降りて行って、山梨から運んだ岩を一つ一つクレーンで空中に積み上げていって、其処には存在するはずのない土地を新たに造っていった。当初の予定には無かったテラス席やバリアフリー対応のスロープ、ワイン貯蔵庫なんかも急に加わっっていって、工夫を重ねてなんとか期日までに完成させることが出来た。そういう急なイレギュラーはいつもの事で、何言ったって仕方無いから、それはそれとして割り切って前向きに何をしたら出来るかということだけをただひたすらに考えて仕事したほうがずっと楽しいよ。

CARVAANの建設に関わったのは総勢100名弱の職人達。

色んな会社の人達が入って役割を分担しながら一つの建物を造っていく。所謂、現場の男の世界っていうのは、道具や人工、手間の貸し借りをしあう、助けあうなんてことはしないものなんだ。職人ならではの、って言うのかな。それぞれに強い縄張り意識があって、自分の所は自分達で仕事をする。他所の仕事は知ったこっちゃない、ってのが普通の現場。それがこのCARVAANの現場では驚く程、皆が関わりあって助け合ったね。難しくて大きなプロジェクトに全員が挑戦しているという共通意識の下では、そんな違いなんて取るに足りない小さな事だった。初めて手懸ける珍しい建物に誰しもが興味津々、って感じだったよ。期日までに此処に集う全員で絶対に何とか完成させるんだ!という意識を全員が持っていたから、機動力も結束力も高い現場だった。会社の違いも立場の違いも関係無く、皆で仲が良かったね。

現場でありがちな事として、自分が出来ない理由を探してそれを正当化する、腕が無いことを胡麻化そうとすることが良くある。CARVAANの現場ではそもそも社長がそんな暇を与えなかったよね。妥協せずに指摘してくれるからこそ、至極真っ当な仕事が出来るのがFAR EASTと仕事する上で面白いところじゃないですか。出来ないことを素直に努力して出来るようになったほうが楽しいでしょ?

そうそう、CARVAANと仕事して以来、面白いことに気が付くと難しい崖の土地を造る仕事ばかり来るようになったんだ。これも一つ、自分に出来ることが増えたって事かも知れないね。

Q. FAR EASTと共にこれから挑戦してみたいことは?
A. 50年後、100年後の後世に誇るワイナリー造り

FAR EASTと出逢ってから「職人とはこういうものだ」という今までの自分の固定概念が良い意味で変わったと思います。一緒に共有して仕事の成果を喜べる仲間と仕事をする楽しさを感じるようになった。

社長の挑戦を傍で見ていて上手くいかないことが想像以上にあったのも知っているし、沢山苦労したことも実は知っている。それでもそういうのを全く出さないのは凄いなあ、肝っ玉が据わっているなあと本当に尊敬していますよ。そんな社長とこれからも一緒に人生懸けて燃え尽きるまで仕事したいね。

これからワイナリーを造りたいなんて話も出ているけど、今の内にそのイメージを掴んでおきたくて早速自分で新潟までワイナリー見学に何度か行っちゃった。ワインってそうすぐに出来るものじゃなくて、それこそ年月を懸けた大きな仕事になる。そんな仕事をまた成し遂げた暁に、畑の傍の古民家の縁側に座って皆で笑いながら良かったね、ってお茶を飲むのが今の夢かな。

取材:野中愛子・阿部香澄
筆:阿部香澄