インカ・ベリー/Inca Berry

古代遺跡クントゥルワシ

インカ帝国最後の皇帝アタワルパが幽閉され最後を迎えたカハマルカはペル-北部の山間の街。そこから更に2時間半ほど車を走らせると古代遺跡クントゥルワシがある。雲上の古代神殿には生贄が捧げられた石台が遺り、一等高台の石造りの祭祀跡に独り立てば、歓喜する古の群衆の残像が浮かんでは消える。

足元には陶器やらなにやら古代の埋蔵品がザクザクころがっているが、目を皿のようにして探しているのはそんなものではない。何しろここはアンデス文明の胎動期(紀元前2500年か-紀元前50年)に栄えた黄金の文明の遺跡。アンデス文明最古と言われる金塊など黄金の品々が数多く出土した遺跡で東大の発掘チームが30年もの間発掘作業を続けているスゴイトコロなのだ。

東大が見逃した黄金の欠片があるはずもないと知りながら諦めきれずにずっと下を見てばかりいるのは僕だけではないはずだ。

2時間も経っていい加減に諦めがついた頃、顔を上げると遥か遠くまで続く急峻な山並みはこれまでの何処でも見たことがないような、如何にもアンデスらしいとしか言いようのない圧倒的な絶景が眼前に広がっていた。こんな時はいつも感嘆の溜息しか出ない。悠久の時に想いを馳せながら、断崖絶壁に建つ粗末な宿に辿り着いた。その夜は眩いばかりの月光に照らされて浮かび上がるアンデスの山々を眺めながら謎の酒を呑み、窓越しにアンデスの夜空を見上げながら眠りについた。

翌朝早く、まだ夜が明けきらぬ頃、牛と鶏と訳のワカンナイ叫び声に目を覚まし、そろそろと窓の外を見やると、眼下に雲海が果てしなく広がっていた。何だかスゴイ。

程なく強烈な陽光が目に差し込んできた。アンデスに陽が昇る瞬間だ。朝日を浴びた自分はオレンジ色に光をまとい、しかも雲の上、なにやら古代の神官?預言者?いや皇帝?よくワカンナイがスゴイヒトになった気分になってきたのも束の間、直ぐにまた訳のワカンナイ叫び声に呼び覚まされた。

余計な話はこのへんしておかなければならない。

そもそもの目的は「アンデスの謎の果実インカ・ベリー」に他ならない。 謎の果実は言い過ぎた。要するにホオズキだ。 アンデスの雲上に生るホオズキの実を乾燥させたものが通称インカ・ベリー。

兎に角酸っぱくて、その余韻が長い。

この南米奥地の乾燥ホオズキ、遡ること半年前、ニュルンベルクを訪れた際に会った南ドイツ出身のレインハード叔父さんと内縁の妻スザンヌが南米ペルー山岳地帯の文盲の女性達の雇用を図るべく立ち上げたプロジェクトの一環で、兎に角ペルーまで来て見てくれというので丸二日かけて日本からわざわざ来たという訳だ。

ホオズキを乾燥させる工場は、如何にもドイツ人らしく、その機能的で無駄のない生産システムには感心させられた。点呼・確認・報・連・相が完璧なまでに規則化され、衛生のほかリスクマネジメントも抜かりがない。各自への権限移譲も徹底され自主自律の機運も高く、総じて生産性も高い。辺境地にして高度に管理された食品工場に感心し、また安心もした。

その晩、ディナーに招待され、レインハード叔父さんとスザンヌの愛の住処に出向いた。趣向を凝らした瀟洒な造りの住まいには使い古された機械が不似合いに放置されていた。

どうやら10年程前に此処に流れつき、この住処から始めた事業らしく、ようやく最近あの立派な工場を建てたのだという。よくよく聞けば、なかなかの苦労人と見えて、なるほど笑顔が染みついたその表情には深い皺が刻まれているが、レインハード叔父さんの経歴は複雑過ぎてよく覚えてはいない。

翌朝、ピックアップバンでレインハード叔父さんが迎えに来て、連れられて来たのは、標高2700mの急斜面に張り付くホオズキ畑。滑り落ちないように歩くのが簡単ではない。

それから農夫家族の家々を次々と周るのだが、いちいちスペイン語で仰々しく紹介され、しまいにはスタンディングオベーションというのがどの訪問先にも付き物で、何で盛り上がっているのかワカンナイがこれはこれで楽しむより他ない。

道中時折、道端に座る老夫婦と彼らが摘んだ山積みのホオズキを見つけては車を停めては、積み込み、台帳に書き込み、荷為替のようなものを交わす。老夫婦はそのまま荷台に乗せて家の前で下ろす。荷台に乗っている間はずっと大声で歌って笑って喋って、さらに飛び跳ねる。

このように山間の其処此処で摘みたてのホオズキを回収して周るのである。レインハード叔父さんは流暢なスペイン語で各々と楽しげに会話し、この地域に完全に溶け込んでいて、尚且つ社会的に重要な役割を担っていることは明らかだった。

このまま標高800mまで下ると言い、グルグルと螺旋を描くように車を滑らしていく。

道中、その昔、勇敢な地元民が武装蜂起して侵略軍と戦った末に勝利したおかげで今この村があるのだという話を誇らしげに語る叔父さんの表情はどうだと言わんばかりに自慢気だ。

小一時間も走ると谷底に辿り着いた。滔々と流れる清流のほとりにはマンゴーの樹が生い茂り、赤く色づいた実が今にも落ちそうなほどたわわに実っている。このマンゴー谷、それはそれは美しく、今でも脳裏に鮮烈に残って色褪せることがない。

このマンゴー谷には川に沿って42のマンゴー農家が点在している。

その名もリクリク村。村の有志が決起して農業振興プロジェクトを立ち上げたと若者代表が誇らしげに演説する。

マンゴーの皮や、種、落ちた実などをコンポストで発酵させて、堆肥にして戻す。ここで手掛ける農業には農薬や化学肥料というものが一切登場しない。昼食に寄った村の中心の食堂に座ると農家が続々と集結し始め、結構な大集会となった。

苦手なキュウリが沢山入ったサラダのようなものやら何やら次から次に振舞ってくれるのはありがたいが、僕以外は食べる様子もなく、食べて感想を言うまで一同固唾を呑んで待っているので食べづらくて仕方ない。

キライなキュウリを旨そうに食らう三文芝居に一同拍手喝采してくれたのはいいが、これで残す訳には行かなくなってしまった。

鼻呼吸を止めて飲み込むので窒息しそうだったが見事に演じきったのは我ながら立派としか言いようがない。

ここのマンゴーは収穫後24時間以内にレインハード叔父さんの工場に運ばれて乾燥加工される。

このヘイデンという土着品種のマンゴーは生食よりも乾燥したときにこそ本領を発揮し、爽やかで品のある酸味と奥ゆかしい甘さが際立つのである。

工場では陽気な女性たちが一つ一つ丁寧に果実を掴み、注意深く同じ厚さにスライスしていく。

変色していないか、乾燥にバラツキがないかと頻繁に検査を繰り返す真面目な様子は買い手に安心感を与え、製品に説得力を与える。

礼儀正しく、朗らかで、清潔で、首尾一貫して手際良く、品質に優れ、高度に機械化されて、生産性が高く、それでいて金塊がザクザク。 山深いアンデスの出来過ぎた食品工場に不思議な感覚を覚えたのは言うまでもない。

筆:佐々木敏行