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南高麗の歴史 FAR EAST Inc. Blog

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11/12(木)

大家さんでもある中嶋さんが、南高麗の歴史書を三冊くださった。ご近所の方々の御支援、お声がけ、ご感心に感謝だ。本当にありがたい。

飯能市の南高麗はお隣の日高市の高麗郷と同じく、かつては高麗郡と称せられた。高麗は読んで字のごとくだが、通例では高句麗とよばれた朝鮮半島からの渡来人と縁がある土地だ。668年、高句麗が新羅と唐の連合軍に滅ぼされたあと、日本に使者として派遣され滞在していた高句麗王族の若光は、そのまま日本に落ちのびた。日本の朝廷と朝鮮半島は、古代、今よりもっと密接だったという説がある。716年、各地に散った高句麗の人々を日本の朝廷が、武蔵国の現在の高麗郷に住まわせた。若光に外国の王族としての地位を与えその土地を収めさせたのだ。人々は開墾し生活を始める。それ以来、1,300年、この地域には人が耕作してきた歴史がある。飯能市の南高麗も、そのとき、移り住んできた人たちが開いてきた場所なのだそうだ。
その後も、南高麗地域には時代ごとに、源氏や武田氏の落ち武者が流れ着くことが多かったと地元の方々がいう。飯能、高麗郷付近は、秩父への通り道で、顔振峠(こおふりとおげ)という峠があり、源義経に由来するという説がある。秩父へ向かって通う道すがらあまりにも景色が美しいので、顔を振りながら馬で峠道を歩んだのだそうだ。古に思いを馳せながら、この地の土に手をいれる意味が私たちの中で深まっていく。

世界をまたにかけてきたFar Eastは、文化的であること。異文化の交流、尊重を一つのコンセプトにしている。いにしえの異文化が混ざり合ったこの土地にも、さまざまな縁、できごとがあったことだろう。

この南高麗で農業をさせていただこうと決意したとたん、いろんな話が動き始めた。古民家に住まわせていただけることになったり、農業委員会と南高麗の方々が積極的に協力して下さり、農地をお借りすることが円滑に進んで、開墾に協力してくださる業者さんがいたり、大麦の播種に間に合った。さらには、本社屋の大家さんが使わなくなったトラクターをゆずってくだっさった。さらにさらに、いろんな話が進行している。自分の想像以上に話が回転していくが、その回転のスピードに合わせ、それ以上にそのうねりを前へ進める実行力が今、必要だ。

話は元に戻る。南高麗での開墾、自然栽培で土をきれいにしていくこと。昨今、相容れないことの多い隣国だが、いにしえの因縁が少しでも解き放たれればと願いを込め、土を清浄にしていければと思った。

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中嶋さんからいただいた郷土資料

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