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忘れじ・・・3.11 FAR EAST Inc. Blog

11月20日の被災地は予報に反して好天となった。現在、被災地へ向かうボランティアはピーク時の10分の1とも謂われる。なるほど東北道の国見や菅生のPAに停まる車両にも、一頃は溢れかえっていた「救援物資輸送車両」「災害支援」などの印が見当たらない。三陸道も詰まることなく、被災地にもその影はあまり見当たらない。今回は美容師7名、魚屋主人、饅頭屋主人、運送屋会長と専務、コンビニ店長、植木屋親方、老人介護施設所長、フリーター、FAR EASTスタッフなど総勢18名が車6台に分乗して行ったが、被災地でこういう隊列は今はほとんど見かけない。時は経ち、ニュースネタとしては色褪せ、瓦礫は片付き、避難所は閉鎖され、馴染みのない隣人同士が仮設住宅になんとなく収まり、有志による炊き出しも見なくなった。自治体の「御触れ」によると「仮設住宅に物資を届けるのは被災者の自立を妨げるので控えてほしい」とのこと。「被災者を鍛えよう」とでもいうのか。仮設に入れば食糧支援もなくなる。けれど身入りはない。四角四面の物言いに逐一反論するほど暇ではないが、どのくらい高い位置から見るとそういう考えが湧くのか知りたいものだ。今でも南三陸町歌津・田の浦地区は十分な支援が受けられていない。この辺りの船も漁場も漁具もなくした漁師によれば、3.11以来国からの支援金は3万円にすぎないという。これも氷山の一角。ボランティアでさえも飽きてくると色々発案して、被災者の意と乖離しながら、趣向を凝らした支援(?)をやり始める。実際には被災者が必要とするものはそこまで大きく変わりはしない。被災直後に彼の地に足を踏み入れた折に聞いた「忘れないで欲しい」の声が今も耳に響く。忘れられず、整理のつきようもない被災者の心はなかなか変わらない一方で、被災地はどんどん整理され、人々の関心も離れ、爪痕が消えていき、そうするうちにまた寒い冬がやってくる。今年の冬は被災地にとって切なく、悲しく、いつにもまして寒い冬となる。日本は過去に壊滅的な状況に追い込まれながらも復興・発展を遂げてきた。原爆に薙ぎ払われた広島も、空襲で焼き払われた東京も、その後驚異的な復興を遂げた。後ろばかり見ないで、前を見て歩くのは勿論であるし、悲しみに浸っている暇はないと謂うならそれもそうだろう。懸命に活路を探る被災者には今でも勇気をもらう。当事者でない者が出来ることなどどれほどのものでもないが、今回の震災を心に刻み付けて、決して忘れず、未来を担う子供たちにも伝えていくことが重要なのは謂うまでもない。remember 3.11