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壊滅。そして復興。① FAR EAST Inc. Blog

shinsai9宮城県、岩手県の壊滅状態の被災地へ出向いてきた。ネットで「孤立避難所」の存在を知り、直ぐに買い出しに走り、往復のガソリンを積み込み、取り敢えず救援物資を積み込んで向かった。テレビでよく見る大型の避難所にはある程度物資が行き届いてはいるものの、少人数の避難所や全壊を免れた家で過ごす人達にはなかなか物資が回っていないという。個人で勝手に乗り込むと救援作業の邪魔になると遠慮していたが、そういう事情ならば少しは役に立てるだろうという目算でしかなかった。道中、福島辺りから高速道路が所々損壊し、うねっている。9時間かかって辿り着いたのは、7割が壊滅状態の南三陸町。360度眼前に広がる地獄絵図というより他ない惨状に息を呑み、言葉を失った。「逃げられるわけがない」と思った。橋の橋脚も鉄骨も大型トラックも紙のようにクシャクシャにひしゃげている。ボランティア難民にはなるまいと道すがら車中で情報収集し、地域の中心人物で被災者でもあり孤立避難所に詳しい「さかなのみうら」の三浦さんに携帯から電話をすると「陸前港の方に物資が足りない」というのでそのまま直行した。そこでは「今自分に出来ること」をただひたすらやる被災者の方々の姿があり、そこに最早悲壮感は感じられない。必死に生きようとする被災者の方々に逆に労いの言葉を頂き、こっちが元気を頂く始末だ。

その足でテレビにこそ映らないがやはり壊滅状態の陸前小泉の被災地に向かった。ここも酷い。辺り一面薙ぎ払われたようで、途中から橋脚ごとさらわれた陸橋の上には家や車が乗っかっている。遠くまで泥に埋まった瓦礫が延々と続く。あまりの惨さと儚さに溜息しか出ない。高さ15mはあろう鉄橋に襲いかかった津波の爪痕を見れば、これでは高台といってもそのてっぺんほどまで避難しなければ逃げられるわけもなく、あの短時間でそこまで辿り着けるのは余程運のいい僅か一握りの人であったろう。テレビで見るのと大きく違うのは何処を見渡しても全方位壊滅している点だ。被災した漁師さんが車に同乗して物資が不足しているであろう小さな避難所を案内してくれた。「原爆落とされたみてェだな」と呟く。

気仙沼へ抜けると、重油の匂いと、海産物の腐敗した異臭が混ざった臭いが鼻をつく。この街も凄まじい高波にのみ込まれたうえに大火にみまわれた。小路へ入り込むとまたしても目を覆うほどの惨状。これがずっと海岸線に続くのである。「あぁ、ここもか…」という言葉ばかりが出てくる。今にしてこの有様であれば、被災直後の惨状は想像に難くない。

次回へ続く